投稿日:2005-04-20 Wed
人力で分別をしながら 
我家の再建に向けて、とうとう我家の取り壊しが始まった。
取り壊しは大きなバールやカケヤなどを使い電気コードなどの埋め立て、焼却用の木材、リサイクルの金属類などに分類されながら取り壊されていく。
忍びない・・・

暫く前だったらあれもこれも再使用をしていたのだろうが、今は再使用をする方が経費が掛かるらしい。また、木材は焼却が間に合わず、仮設のストック場に山積みされていた。
爺ちゃんは家の取り壊しに埼玉の疎開先から「帰らんばならねぇ」と、駄々をこねていたが
「お前が来ると業者の邪魔になるし、危ないから大人しく埼玉にいてくれ」と、私が言いくるめていた。
投稿日:2005-04-08 Fri
爺ちゃんの花見 
私たち家族は仮設住宅に入っていたものの、学校の漁に入っている長女と埼玉の姪の家に震災疎開?をしていた爺ちゃんと家族が分散をしていた。
次女が春休みを利用して小千谷から長女のところに遊びがてら、ホームシックに掛かっている爺ちゃんを励まし?に姉夫婦・姪夫婦とお花見に行ってきた。そのときの写真が届いた。
爺ちゃんは姪(爺ちゃんの孫)の家でちびっ子ギャングにいじめられながら?「小千谷に帰りたい」と、ホームシックに掛かっていたようだ。
そんな爺ちゃんを、関東地区に在住している3人の爺ちゃんの孫娘が交代で顔を見せては、ホームシックの爺ちゃんを元気付けていた。
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